2017年9月27日水曜日

薪(たきぎ)の妙勝寺

 元和5年(1619)、沢庵宗彭47歳、京田辺市の薪にある妙勝寺に寄寓する。翌年、兵庫県の但馬に帰郷する。妙勝寺に在るとき、瘧病に罹患する。主な症状はさったものの、完治とはいかず、いろいろな症状に悩まされていたので、鍼立の「悦」なる者に治療してもらった。「悦」の治療は腹部打鍼法である。

 妙勝寺に行ってきました。こぶりの古刹でした。寺域のすみずみまで気持ちが届いているようで、気持ちの良いお寺でした。沢庵ゆかりのものは何も無いのですが、時は違えども、場所を共にしたというだけで、満足でした。

 この寺は一休禅師の再興したもので、師恩に報いる意味で「酬恩庵(しゅうおんなん)」ともいう。さすがに、このようなひなびたところには、外国の人が押しよせて来ない。京都市内と大違い。

 後悔ということばがある。悔というだけに、心残りなのである。心残りが心にあると、心が自由にならないので、なるべく心残りを作らないようにしている。

 こころこそ、こころまよわす、こころなれ、こころにこころ、こころゆるすな。(沢庵)

 


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