2019年11月16日土曜日

香港中文大学

 香港中文大学の日本人留学生が、今回の事件で、みなが帰国しているというニュースに接して、思い出した。何年か前に、招待されて、香港中文大学で研究発表したことがあります。どんなことを発表したのか、まるっきり忘れてますが。

 東鍼校の丹沢元校長から、数万円のあわびは食べてきた方がいいとアドバイスを受けてましたので、10年くらい前のことでしょう。

 その後にも、招待されて、安徽中医薬大学でも研究発表したのですが、これもまた、中身はわすれてます。

 10年前のそのとき、中国語会話の必要性を痛感したのですが、結局、会話学習の行動をとらなかったので、あいも変わらずの、無能ぶりです。


2019年11月11日月曜日

賭け事



 新潟県の名医、尾台榕堂(1799~1871)は、父親から賭け事を禁じられていました。囲碁・将棋といえども、容赦なかったようです。そんなエピソードが漫画になっています。賭け事に熱中するあまり、医事がおろそかになる、と言ってます。
 それから、物事の判断に、賭けぐせがでるのです。それが過ぎると、弁証を立てるのに主観的になって、場合によっては、一か八かになるわけですから、医療人としては失格でしょう。

 高校生の時、懸賞に応募して景品が届いたときに、父親から「そういうことはするものではない」と叱られましたが、ようやっと、その意味がわかりました。

「富みと貴きは、是れ人の欲するところなり。其の道を以て之を得るにあらざれば、処らざるなり」(『論語』里仁篇)とあるように、不当な方法で得る富みと貴きには興味がない、というようである。

 つまり、富みは働いて得るもので、懸賞を当てて得ようというのは、不当な方法であり、よこしまな心を育ててしまうのでしょう。

2019年11月8日金曜日

内閣文庫

竹橋の、公文書館内閣文庫に行ってきました。江戸城にあった紅葉山文庫や、江戸医学館の蔵書が、ただで、手にとってみることができる、古典家の東の聖地です。(西の聖地は、杏雨書屋でしょうか。)

驚いたことに、撮影自由。スマホを持って行けば、きれいな写真があっというまにとれます。昔は、複写申請をして、できあがりは1時間。結構なお金がかかりましたが、今は、天国みたいです。

写真とりほーだい。無料。心入れ替えて、通ってみようかなあ。

2019年10月31日木曜日

もぐさん




 治療院の待合室に、お友達がふえました。もぐさ屋さんの「山正」のマスコット「もぐさん」です。椅子においてみました。横30センチ、縦40センチくらいです。今は真っ白ですが、ながらく置けば、けむり色がつくでしょう。

てんかん発作

てんかん悪化の仕組み解明 冷やすと発作が収束 群馬大大学院研究グループ発表 新薬開発に期待


 ヤフーニュース上での、上毛新聞社の記事の見出しです。要するに、頭を冷やすとてんかん発作が収まることが分かったということです。

 てんかんの治療例は2例ありますが、やはり頭が熱いのです。頭を冷ます治療と、それを引き起こしている元の治療をかねて行っています。1例は、足の冷え。もう1例は便秘。新薬を開発といっても、頭を目標にするモノでしょうが、どうなんでしょうねえ。

 頭を冷ますには、頭部に刺絡。頭が熱いのは、気逆性がありますので、大衝穴か、足三里穴。こんな風な治療で、うまくいってます。

2019年10月25日金曜日

昭栄丸

 母方の実家は、漁業を営んでいて、今から50年以上も前は、まぐろはえ縄漁をやっていました。その後は、のりの養殖、牡蛎の養殖に転じたようです。

 はえなわ漁の船は、叔父の昭、祖父の栄吉からとって、昭栄丸といいました。木造船なので、船体保護のため、ペンキを塗り、船底はコールタールを塗っていました。なので、ときどき、町中でペンキのにおい、コールタールのにおいがすると、安心するというか、なつかしいというか。公園に「ペンキ塗り立て」が無くなって久しく、さびしいかぎり。

 あと、エンジンの振動も、なつかしいというか。そういえば、30年ほど前に買った、ランクルプラドという車は、ディーゼルエンジンだったので、ハンドルに振動がきて、なんとも心地よかったのを思い出します。

 50年以上も前の体験が、いまでも心地よいのは、三つ子の魂百までを裏付けるのではないでしょうか。 

2019年10月22日火曜日

『初期仏教キーワード』

 買いました。『初期仏教キーワード』(サンガ)。153ページの半分が、心の解説です。なんとも、細かに、心を分類整理してあります。これを読むと、無心ということがどういう意味なのか、よく分かります。

 仏教が北伝して中国に渡り、845年に「会昌の廃仏」で中国の仏教は徹底的に弾圧され、残ったのが民間宗教の浄土教と、南方の山で活動していた南宗禅のみ。その南宗禅が日本にやってきて、日本禅宗となったのです。なので、初期仏教の無心は、紆余曲折して日本に到達したので、相当わかりにくくなっていたのだと思いました。

 ましてや、南宗禅は頓悟(突然悟る)を標榜してました。廃れた北宗禅は漸悟(次第に悟る)を唱えてました。丁寧に説明されて悟るのですから、初期仏教に近かったのかもしれません。

 要するに、日本禅宗は、以心伝心といって、言葉たらず。これは、中国禅宗が老荘思想の影響を強く受けていたからなのでしょう。いずれにしても、無心は「初期仏教」を読むと、よくわかります。まあ、わかったところで、無心の境地にはいけないのですが。