2021年12月30日木曜日

目で食べる

  食べ物の味わいは、味覚より、視覚の影響は大きい。

 汚い食堂で食べたら、あまりおいしくないし、嫌いな人と食べたら、やはりおいしくない。

 お寿司屋さんのカウンターで食べると、握る人、握る場、握る道具などが、目にはいる。お寿司の味は、これで決まるのだとすれば、美味を追い求めたとしても、通ぶったとしても、所詮、限りがあるなあ、とつくづく思うようになりました。

 ということがわかると、美味を追い求めたり、通ぶっている人がいると、なんとなくむなしくなります。自分もそうしていないようにと反省しています。

 『老子』80章に「甘其食」(其の食をうましとす)とは、実に、このあたりのことを言ったもので、ただ純粋に食べよ、素朴にガシガシ食べよ、と。

2021年12月26日日曜日

のど養生

  掌友会の講義は2時間ほど。この時期、のどがイガイガするので、長くしゃべると荒れます。なので、数日前から、のど養生しています。失敗すると、講義中に、ゴホゴホしてしまいます。学校の先生は、一日中、講義しているから、なお一層、留意していると思います。

 いろいろ養生があるけど、部分養生もあるんです。鍼灸の先生なら、手の掌養生でしょうか。どれだけいい状態の手の掌を維持できるか。みなさん苦労していると思います。

 ベストなこころ・からだで、治療にのぞむ。現役である限りの義務だと思います。それができないなら、引退しましょう。スポーツ選手をみたら自明のこと。

2021年12月25日土曜日

12月26日 掌友会の講義

  明日は、東京衛生学園同窓会の掌友会の講義(2回目)です。

 『内経』を題材として講義ですが、意外に聴講生が多いので、おどろいています。ズーム講義なので、参加しやすいからなのでしょう。時代なのかもしれません。

 今回は、「ツボ」について。どうやって「ツボ」を見つけたのか。を展開します。なかなかの内容にしあがりました。縁ありしひとは、ぜひ、聴講されたし。


2021年12月23日木曜日

万歳楼袖彦著『灸治論』(九州大学図書館蔵)

「若きときの学問は、煙草のけふり((煙))となれる人多し。晩学ならでは身に(そま)ぬものなり。昔より晩学して名誉となりし人、王羲之をはじめ、和漢あげて(かぞ)えがたし。今、世間の人多くは、諸術諸芸とも、口には(その)理屈を(とけ)ども、(その)学ぶ処は中途(なかば)にて、俗にいう幽霊なり。幽霊は腰より下はなしといふ。何事も腰なく踏張(ふんばり)りなきを幽霊仲間といひ、常に格別の抜け出たる芸術もなく・・・」

 現在読んでいるもので、感銘を受けたところ。

 儒教を語り、道家を語るのは、ちょっと調べればできるが、語る前には、『論語』も『老子』もきっちり読んでおきたい。東洋医学を語るにも、『素問』『霊枢』をきっちり読んでおきたい。

「晩学して、身に沁み込ませるべし」

じゃないと、芸術・技術が抜け出ない。滲みる言葉でした。


2021年12月17日金曜日

踵のウナ

 

足の重心は、踵のウナ、にあります。
ウナに重心を置くと、長く立っていても、疲れません。
座ってばかりいると、重心がずれて、立っていると疲れてしまいます。
東京衛生学園に行くとき、約1時間くらい、
電車の中でウナのチェックをして、重心を修正しています。
重心を治すと、姿勢が良くなりますので、全体に疲れにくくなります。
重力に従った重心なので、自然なのです。
下手な運動よりすぐれています。
電車は、ぼく的にはジムなのでした。


2021年12月13日月曜日

にぼし

 

 近くのスーパーに大きな煮干しが売っていたので買ってみた(上)。つかってみると、どうも煮干しくさい。仕方ないので、水出しにしている。

 かつおぶし屋で煮干しをかってみた(下)。こんな小さな煮干しでだしがでるのかと不安になっていたが、思いのほか、実力があり、頭・はらわたをとらなくても、煮干しくさくないし、出しもよく出る。

 人は見た目ではないというが、煮干しもおなじでした。


公と私

 公私混同。議員さんは公の人だから、私的なことが目につくと、たたかれる。

岸田首相が、お友達の石原さんを審議官に採用しようとしたら、たたかれた。

その石原さんがかかわる政治団体がコロナの助成金を受給していたので、たたかれた。

審議官という役も、助成金の額も、彼らからしたら大したことないものだが、それでも公の中の私には、マスコミは敏感である。

コロナ自粛期間に、銀座に飲みに行って、辞めた議員、落選した議員もいる。昭和なら通用したものが、いまは通用しないことに気が付いていなかったのだ。

自分のまわりの蠅だけ追っている鍼灸師も昭和だなあとつくづく思う。心を閉ざしすぎ。世の中が変わっているのになあ。



栴檀

 昨日は、講座のために、多摩に行きました。通り道に、しろい(花? 実?)がたくさんついた樹木がありました。写真をとっていたら、知らないお二人が寄ってきたので、「何の木でしょうね?」と尋ねたら、さっそくアプリで調べてくれました。写真をとってそのアプリを通すと、候補の樹木名や特徴がでてきました。おおよそ、栴檀ではないか、とのことでした。

「栴檀は双葉より芳し」という諺はしってましたが、ご本人に会うのは初めてです。「芳し」というくらいですから、時期にはよい香りがするのでしょう。しかし、今は、スマホ一台でなんでもできるのですねえ。

 個人的な感想だと、いつでも、知識を、スマホから取り出せるという意識がはたらいて、覚えないくせがつくようです。沢庵宗彭(個人名)の生卒は、なんどもなんども検索してしまっています。覚えようとしないから、覚えないのだと思います。検索しないで、考えたものは、よく覚えているから、記憶力の問題ではないと思います。

 栴檀の香りは、じつにたのしみなのです。

 

 

 

2021年12月8日水曜日

父親

 いま考えてみると、父親は、変人だなあ。

 35歳で、仙台の赤門鍼灸学校入学。この時点で子供は4人。母親の実家に預けて、仙台のどこかで単身で住んで、学校に通ったと思われる。

 その当時は、鍼灸は視覚障害者の職業で、晴眼で五体満足の成年がこころざす仕事ではありませんでした。母親の実家は、肩身の狭い思いをしていたとおもいます。あきれていたかもしれません。

 38歳で、松島で開業。亡くなったのは67歳ですから、約20年の臨床でした。

 尺八を吹いたり、毛筆は達者でしたから、風流な人だったのかもしれません。ぼくは18歳で上京したので、あまり父親のことは、よくわからないのです。