2012年10月15日月曜日

機心(その2)

 鈴木大拙の『東洋的な見方』(岩波文庫)の3度目の挑戦。1度目は、意味がわからず、撃沈。2度目は数年前に、おもしろみがわかり、ようやく読破。今回は、本箱を整理したら出てきたので、挑戦というところ。
 機心について、「機心ということ」のほかに、「創造の自由-荘子の一説」に、2回も取り上げている。前回読んだ時には、あまり印象的ではなかった機心が、今回は、キラキラして見えた。
 機心を訳して「はからいのある心」といい、利害得失に夢中にならしむる、という。なんと、的を射た解説だろう。金谷治(岩波文庫訳注)は、「からくり心」と訳したけど、ちょっとわかりにくい。
 臨床のとき、古典を読むときは、せめて機心を無くしたいところ。『論語』為政篇にいうところの「思無邪」(思いよこしま無し)、吉川幸次郎は、「感情の純粋さ」と訳した、このことばと一脈通じているような気がする。
 古典は、ちょっとした文章に味わいの深さがあって、そこに到達するところが楽しみなのかもしれない。

2012年10月9日火曜日

樸(あらき)の人


 昭和58年(1983)の4月に原塾が始まったが、その打ち合わせとして前年の暮れに、島田治療院に井上雅文先生が来られた。そのときが、『脈状診の研究』の著者、雲上の人との初見だと思う。翌年に原塾が始まって受講生になり、講義の帰りに先生と幾人かとスターリングシルバーという花屋兼飲み屋にたちより、いろいろな話をうかがった。
 記憶に残っているところでは、普段は入浴しないとおっしゃる。数日かに一回入るだけだと(定かではないが、一週間に一回)。蓬髪というのだろうか、頭髪はボウボウで、といっても悪臭、異臭がするわけでもない。
 かばんは、いつも紙袋でした。おされな鞄でなく、高級品の鞄でもなく。着るものも素っ気ない。
 頭脳に反して、無頓着で、人の目を気にしない。上下そろって様子がよく、わざとらしさがない、 ピカ一の樸(あらき)の人でした。
 

2012年9月18日火曜日

機心

 「荘子」天地篇のはなし。ひとりの老人が、井戸から水をくんで畑に水をまいていたところに、孔子の弟子の子貢が通りかかり、井戸から水をくみ上げる「はねつるべ」とい機械があれば、もっと楽に、効率的に、水まきがはかどると教えた。けれど、老人、「はねつるべ」という機械は知っているが、機械にたよると機心が生まれ、機心が生まれると、こころの純白さが無くなる。だから、それは使わないと言った。

 井戸のくみ上げを機械に任せれば、井戸の様子を観察しなくなる。水位はどうか、水質に変化はないか。さらに、くみ上げる方の健康状態まで関わってくる。このような純粋な観察があって、くみ上げが成り立っているわけである。それを機械まかせにしてしまえば、もっとも大切なところを無視し、こころの純白さが無くなる、というわけである。

 鍼灸治療にマニュアルがあるとすれば、まさにこのエピソードに該当する。胃が痛いのには足三里。腰痛には委中。形式通りの治療。そこには、身体を観察するという基本が抜けている。鍼灸治療は、原則的には、人にたよらない、理論にたよらないで、自らの観察から始まる。そういう意味では、とても自由な職業だと、つくづく思う。学ぶ者は、まず最初に、ここに気づくといいのだが。
 

 

2012年9月10日月曜日

13回忌

 昨日は、島田隆司先生の13回忌ということで、島田家と会食しました。奥様も元気でした(というより溢れてました。というより以前のままでした)。合計10名。
 場所は、南千住のうなぎ屋・尾花の予定でしたが、予約不可ということで、浅草のうなぎ屋・前川になりました。眺めは一流、うなぎは三流というところでしょうか。まどの外に、隅田川とスカイツリー、青い空、入道雲。うなぎ代は、景色代込みか。
 あの日。8月10日の水曜日。金古さんから電話が入り、亡くなったと。夕方、病院に駆けつけました。どうしてそうしたのか、脚に触れ、ひかがみがまだ温かいのを確認し、まだ生きているんだと、なぜか安心。帰宅してからは、電話、ファックスで、四方八方に連絡しました。
 まるで、昨日のことのように思い出しました。

2012年8月17日金曜日

自由な治療(2)

 このお盆休みはどこへも行かず、自宅に棲息していました。何年ぶりかで、自宅周辺を自転車でめぐってみました。お店の新旧交代も、ここ埼玉県川口市でもはげしいようです。川口市飯塚地区で薬局を営む患者さんも、飯塚地区もシャッター商店街になってます、とおっしゃってました。
 この間、たまっている文書を整理しました。秋の学会には「散鍼法」を発表しますが、大阪での講演の自由な治療に、とても近い鍼法です。経脈・経穴に固執しないで、邪気、血気、しこり、かたまりなどを取り除いて、病気を治療する方法です。
 成城の講演の配付資料も読み返しました。植木屋さんが「自然界にはマニュアルは絶対通用しません」と言ってたました。(自然界の)人も同じかと思います。ぼくにとってのマニュアルは、たとえば経脈・経穴です。最初から存在したわけでなく、経験を整理して作り上げた学問です。最初は、体験、経験、試行錯誤だったろうと思います。その時の治療は、まだ経脈・経穴が存在していませんから、経脈・経穴に固執しない散鍼法は、相当にふるい姿を受け継いでいるものと思われます。
 すでに学んだ経脈・経穴をいったん忘れて、何よりも自由に、自分の能力を頼みにして治療することが、自由な治療なのかな、と自宅棲息で考えました。最初からマニュアルにガチガチになるのは、いかにもつまらんです。
 



 

2012年8月13日月曜日

自由な治療

昨日は、大阪のオリエント出版社主催の講習会で、3時間ほど講演してきました。おおきなテーマは「自由な治療」で、既成の知識や概念に束縛されない、原初のすがたに基づいた鍼灸について話しました。既成の知識や概念とは、臨床実践を総括ともいえる、陰陽五行説とか、経穴学、処方学です。学校で勉強したことです。
 料理でいえば、料理のレシピがあれば、これに基づけばある程度の料理ができます。できばえの責任はレシピにあります。料理のセンスよりも、レシピに忠実であることが求められます。レシピがないときは、各人が各自の料理を作っていました。できばえの責任は作った人にあり、料理のセンスが求められます。
 そんなことを考えながら、各人が好きなよう治療することを、自由な治療と考えました。それが、原初の鍼灸のすがただったでしょう。
 今は、レシピを追って、原初のすがたを忘れ去っていると思います。自分でさわって、自分で判断して、自分で治療する、この単純なことを忘れ去っています。いちど、原点をたずねてみてはどうでしょうか。
 「自由」ということを「治療」と結びつけてみましたが、原稿もなく、配付資料もなかったので、この報告も、???な感じだと思います。細かなところは、出席者に直接聞いてください。

2012年7月18日水曜日

其の楽しみを改めず(その2)

前回、貧窮生活なのに「其の楽しみを改めていない」と、孔子から絶大なる評価を得ていた顏回の「其の楽しみ」を考えてみました。そして、「感情の純粋さに支えられた喜びを、楽しみというのだろう」とようやく落着しました。が、『莊子』外篇・養生主篇に、顏回の話と同じ沢辺の野生の雉(沢雉)の説話があります。
 「沢辺の野生の雉は、十歩歩んでやっとわずかの餌にありつき、百歩歩んでやっとわずかの水を飲むのだが、それでも籠の中で養われることを求めはしない。籠の中では、餌はじゅうぶんで気力は盛んになろうが、こころ楽しくはないからだ」(岩波文庫版現代語訳)
 野生の雉は、餌が不十分で、天敵に襲われるおそれがあるけれど、籠の中に飼われたくないはずである。なぜなら、自由に羽ばたけないからである。飼われて安心するよりも、翼を拡げる自由をえてこそ、のびのびと、生き生きと、生きることができるのである。からだの満足より、こころの自由を唱えていた荘子らしい説話である。
 としてみると、顏回がもちつづけた楽しさとは、「感情の純粋さに支えられた喜び」かも知れないが、養生主篇を参考にすれば、「こころの自由」と解釈するほうが、よいかも知れない。