土曜日に読んだ『論語』雍也篇「子謂仲弓、曰、犁牛之子、騂且角、雖欲勿用、山川其舍諸。」(子、仲弓を謂う。曰く、犁牛の子、騂くして且つ角あらば、用うるなからんと欲すと雖も、山川 其れ諸を舎てんや。)
お祭り用の生け贄の牛は、角が立派な(角)、赤牛(騂)が選ばれる。弟子の仲弓もそれに相当するのだが、父親が犁牛(まだら牛)だったので(素行が悪かったので犁牛にたとえた)、人々は仲弓を低く評価する。「山の神、川の神は正当に評価するから、おまえを見捨てることはないぞ」と、励ました一句。
人物は、余計な情報を交えずに、正当に評価するべきで、過去のこと、たとえば出生の理由、前科、前歴などで判断してはいけない。
これは孔子本人が、過去に正当に評価されなかった経験から発せられた一句である。孔子は、正式な手続きをしないで結婚(野合)した両親から生まれたために、仲弓と同じように、出る杭は打たれるではないが、正当に評価されなかった。こうした経験をふまえて「旧悪をおもわず」「おのれの欲せざるところ、人にほどこすなかれ」という句が生まれたのである。
仲弓、めげるなよ。
孔子先生は、いい先生だなあ。
2012年5月15日火曜日
2012年4月21日土曜日
丹澤先生との講演会(2)
古典の調べ物の時は、港区白金の北里医史研に行くのですが、田町からバス、恵比寿からバスがとても便利です。バスに乗れば、楽ちんで、速く到着するので、便利なので、つい利用するのですが、歩いてみると、意外な発見があります。一軒一軒のお店の表情、咲いている花、歩いている人の表情、あちこちから漂う香り。同じ一本の道なのに、おどろくほど豊かな表情があります。バスでは、無機質な道ですが、歩いてみると多種多様。
強引な解釈ですけど、歩き感じているのが「野」で、バスにのっているのが「文」ではないでしょう。
歩くことをおろそかにすると、見えているものが見えない、聞こえているものが聞こえない、香っているのが嗅げない、人工的で便利なものは「野」を、自然と失っているのではないでしょうか。「野」だからといって、郊外に行かねばならないわけでなく、自然公園に行かなくても、十分「野」を楽しめると思います。
北里医史研に行く通りには、両角ジャム工場があって、近づくといちごジャムのにおいがします。昔は、ジャムと言えばいちごジャム。工場の前をとおる度に、小学校の給食が彷彿とします。それから、幸福の科学の神殿のような建物が見えます。バスからは一瞬しか見えません。建物は存在する、けれど、ゆっくりなら見える、速いと見えない。こういうのを、見れども見えずというのではないでしょうか。
東洋医学は、「野」から発し、それを整理して「文」化された医学です。その「野」を粗末にして、「文」のみを追っても、何も見えないのではないでしょうか。この医学に志したひとには、「野」の大切さに気がついて欲しい。本を置き、教室を出て、町へ行こう!
強引な解釈ですけど、歩き感じているのが「野」で、バスにのっているのが「文」ではないでしょう。
歩くことをおろそかにすると、見えているものが見えない、聞こえているものが聞こえない、香っているのが嗅げない、人工的で便利なものは「野」を、自然と失っているのではないでしょうか。「野」だからといって、郊外に行かねばならないわけでなく、自然公園に行かなくても、十分「野」を楽しめると思います。
北里医史研に行く通りには、両角ジャム工場があって、近づくといちごジャムのにおいがします。昔は、ジャムと言えばいちごジャム。工場の前をとおる度に、小学校の給食が彷彿とします。それから、幸福の科学の神殿のような建物が見えます。バスからは一瞬しか見えません。建物は存在する、けれど、ゆっくりなら見える、速いと見えない。こういうのを、見れども見えずというのではないでしょうか。
東洋医学は、「野」から発し、それを整理して「文」化された医学です。その「野」を粗末にして、「文」のみを追っても、何も見えないのではないでしょうか。この医学に志したひとには、「野」の大切さに気がついて欲しい。本を置き、教室を出て、町へ行こう!
2012年4月16日月曜日
丹澤先生との講演会
4月15日(日)
丹澤先生と講演会でした。場所は、成城学園前の砧区民会館。数年前に新築成ったきれいな会館でした。主催は、東洋鍼灸専門学校の学生さん。多数の参加者がありました。
丹澤先生は、いま求められている鍼灸師像について、品性、品格、思いやり、という話をしました。 僕は、『論語』から話題をとって、原点を見つめ直す、というような話をしました。
今、専門学校で国家試験が最大の目標になって、学生が矮小化されつつある現状をかんがみ、もっと広く、もっと深く、学べ、体験せよ、というエールを二人で送りました。今年の国家試験の合格率が低かったことの反動として、国家試験予備校化のながれは、勢いを増すと考えられます。勢いを増せば増すほど、東洋医学がどんどん歪んで行きそうな気配です。
僕の話の要約。 『論語』に、「質勝文則野、文勝質則史、文質彬彬、然後君子」とあり、質(本質・中身)が文(外面の飾り)にかてば野(むき出し)であり、外面の飾りが本質に勝てば史(虚飾・飾りすぎ)である。文と質が半々であるのが望ましい、というような意味です。
史=文が勝っている=文明化が過ぎている=頭脳が過ぎた、人工が過ぎている
野=質が勝っている=本質、人工の反対の自然が優位になったこと=野生むき出し
孔子は、表向き、頭が良くて、人徳が優れている人を育成するのを理想としていたが、正味のところは、半分くらい野生人が望ましいと思っていた、ということです。表向き、文化系で菜食系の男子を望んでいたと思われているけど、体育会系、肉食系の要素も懇望していたらしい。
国家試験予備校というのは、単に片方の人間を育成しているだけですから、どうか、野に出て、大地を踏みしめて、雨に当たり、風に吹かれ、その延長で患者さんに対峙してほしい。教科書と黒板だけみつめていれば、免許はとれるでしょう。教室から出でて、教科書を置いて、マニュアルを捨てて、自然を観よ。人は自然の中の一生物であるから、自然を見つめることが根本である。鍼灸師は、植木職人たれ、農家たれ、漁師たれ。
(というような内容です。不足するところは、どなたか書き加えてください。)
丹澤先生と講演会でした。場所は、成城学園前の砧区民会館。数年前に新築成ったきれいな会館でした。主催は、東洋鍼灸専門学校の学生さん。多数の参加者がありました。
丹澤先生は、いま求められている鍼灸師像について、品性、品格、思いやり、という話をしました。 僕は、『論語』から話題をとって、原点を見つめ直す、というような話をしました。
今、専門学校で国家試験が最大の目標になって、学生が矮小化されつつある現状をかんがみ、もっと広く、もっと深く、学べ、体験せよ、というエールを二人で送りました。今年の国家試験の合格率が低かったことの反動として、国家試験予備校化のながれは、勢いを増すと考えられます。勢いを増せば増すほど、東洋医学がどんどん歪んで行きそうな気配です。
僕の話の要約。 『論語』に、「質勝文則野、文勝質則史、文質彬彬、然後君子」とあり、質(本質・中身)が文(外面の飾り)にかてば野(むき出し)であり、外面の飾りが本質に勝てば史(虚飾・飾りすぎ)である。文と質が半々であるのが望ましい、というような意味です。
史=文が勝っている=文明化が過ぎている=頭脳が過ぎた、人工が過ぎている
野=質が勝っている=本質、人工の反対の自然が優位になったこと=野生むき出し
孔子は、表向き、頭が良くて、人徳が優れている人を育成するのを理想としていたが、正味のところは、半分くらい野生人が望ましいと思っていた、ということです。表向き、文化系で菜食系の男子を望んでいたと思われているけど、体育会系、肉食系の要素も懇望していたらしい。
国家試験予備校というのは、単に片方の人間を育成しているだけですから、どうか、野に出て、大地を踏みしめて、雨に当たり、風に吹かれ、その延長で患者さんに対峙してほしい。教科書と黒板だけみつめていれば、免許はとれるでしょう。教室から出でて、教科書を置いて、マニュアルを捨てて、自然を観よ。人は自然の中の一生物であるから、自然を見つめることが根本である。鍼灸師は、植木職人たれ、農家たれ、漁師たれ。
(というような内容です。不足するところは、どなたか書き加えてください。)
2012年4月8日日曜日
養生部発足
今年の1月から2月にかけて、東鍼校2年生に対し、養生学講義をしました。単に講義するだけでは、普及には限度があります。今後の必要性と、その急務であることを考え、養生部を発足させ、鍼灸と養生の関わりを見据えながらの養生学を建築し、公にしてみたいと思います。すでに、部員は校正作業メンバーで構成しました。数年後の完成を目指して、4月からスタートします。養生部としたのは、部活的な運営を望んでいるからで、部長は十元であるけれど、部員の積極的な参加を期待しています。このブログで、活動状況を報告していきます。
養生とは、天寿を全うする生き方でありますので、原発問題、自然災害も含むと思っています。東洋医学者として一石を投じる活動をしたいと目論んでいます。
養生とは、天寿を全うする生き方でありますので、原発問題、自然災害も含むと思っています。東洋医学者として一石を投じる活動をしたいと目論んでいます。
2012年3月5日月曜日
丹塾古典部門(5)
丹塾古典部門では、張家山出土の『引書』につづき、『脈書』を読んでいるが、この医書は『内経』の下地になっているもので、原初的な医学観、身体観が記録されているので、きわめて重視すべき医書なのであります。
故島田先生には、『難經』からさかのぼって『内経』を読むな、と言われてました。それは、『難經』医学と『内経』医学は異なるものだから、『難經』医学観で『内経』を読んではならないという意味です。この観点からすれば、『内経』から『脈書』へさかのぼるのは、おそらく危険なことだろうと思う。まず、『脈書』を消化しなければならない。その上で、、『脈書』のエキスが『内経』にどのように染みこんでいったのか、その軌跡を追うことが必要なのではないでしょうか。
『霊枢』に九鍼という思想があります。これは、病気に合わせて鍼があるということで、その鍼を運用するに技術が要る、という思想です。何でも毫鍼で治療するのは、その逆で、毫鍼の技術が先にあるわけで、すべて毫鍼向けに病気を観察するということになります。『霊枢』からすれば本末転倒なのです。
しつこいようですが、九鍼の医学思想は、【病気をよく観察する→それに適応する鍼を選択する→その鍼を運用する技術を駆使する。】ですよ。
故島田先生には、『難經』からさかのぼって『内経』を読むな、と言われてました。それは、『難經』医学と『内経』医学は異なるものだから、『難經』医学観で『内経』を読んではならないという意味です。この観点からすれば、『内経』から『脈書』へさかのぼるのは、おそらく危険なことだろうと思う。まず、『脈書』を消化しなければならない。その上で、、『脈書』のエキスが『内経』にどのように染みこんでいったのか、その軌跡を追うことが必要なのではないでしょうか。
『霊枢』に九鍼という思想があります。これは、病気に合わせて鍼があるということで、その鍼を運用するに技術が要る、という思想です。何でも毫鍼で治療するのは、その逆で、毫鍼の技術が先にあるわけで、すべて毫鍼向けに病気を観察するということになります。『霊枢』からすれば本末転倒なのです。
しつこいようですが、九鍼の医学思想は、【病気をよく観察する→それに適応する鍼を選択する→その鍼を運用する技術を駆使する。】ですよ。
2012年2月11日土曜日
本の引っ越し
かつて、東洋鍼灸専門学校に古典研究部をつくるべく、宮川が下準備していましたが、結局は同校を辞職することになって、計画は潰えてしまいました。その下準備のための図書、個人蔵のほか、日本内経医学会蔵本が、ながらく同校の倉庫に預かってもらってましたが、本日、鶯谷書院に無事、引っ越し完了しました。
東鍼の鍵の開け閉めをしてくれた荒川先生、ほか12名の有志のお力のたまものです。この場をかりて御礼申し上げます。壁の両脇の本棚にたくさん本が並んでいる姿は、壮観です。これで、ようやっと下地ができたかと思います。
あとは、みなさんのお気持ち次第です。資料と場所ならできるだけご協力いたします。頭の中はご自分で耕して下さい。
東鍼の鍵の開け閉めをしてくれた荒川先生、ほか12名の有志のお力のたまものです。この場をかりて御礼申し上げます。壁の両脇の本棚にたくさん本が並んでいる姿は、壮観です。これで、ようやっと下地ができたかと思います。
あとは、みなさんのお気持ち次第です。資料と場所ならできるだけご協力いたします。頭の中はご自分で耕して下さい。
2012年2月2日木曜日
丹塾古典部(4)
丹塾古典部の第一部、古代文化の基礎知識。1月22日の覚え書き。「職官」を読む。
資料としては『康煕字典』編集に携わった人の地位と氏名の一覧表。『康煕字典』は張玉書の編とはいわれているが、ご本人は文部大臣みたいな人で、もちろん自ら担当してはいない。総監督というところ。実際は、28名に渡る担当者が行った。おおよその所属が翰林院で、皇帝の詔や令の草案を作る仕事で、文学にもっとも長けている軍団である。張玉書さんがそんなに偉いとは。
『医心方』を編纂したのが「従五位下行鍼博士兼丹波介」の丹波康頼であるが、「行鍼博士」という意味が長い間わからなかったが、今回判明。「従五位下」と「鍼博士」の地位で、従五位が鍼博士より高い位の場合は、職官の上に「行」をつけるのだそうで、その反対は「守」をつけるのだそうである。これで一件落着。
小さい謎が解けるのって、幸せです。
資料としては『康煕字典』編集に携わった人の地位と氏名の一覧表。『康煕字典』は張玉書の編とはいわれているが、ご本人は文部大臣みたいな人で、もちろん自ら担当してはいない。総監督というところ。実際は、28名に渡る担当者が行った。おおよその所属が翰林院で、皇帝の詔や令の草案を作る仕事で、文学にもっとも長けている軍団である。張玉書さんがそんなに偉いとは。
『医心方』を編纂したのが「従五位下行鍼博士兼丹波介」の丹波康頼であるが、「行鍼博士」という意味が長い間わからなかったが、今回判明。「従五位下」と「鍼博士」の地位で、従五位が鍼博士より高い位の場合は、職官の上に「行」をつけるのだそうで、その反対は「守」をつけるのだそうである。これで一件落着。
小さい謎が解けるのって、幸せです。
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