毎年、1月には、新年発表会があります。北里の医史研と内経医学会の共催で、北里大学の会場とオンラインのハイブリッド開催です。
この発表会は、20数年皆勤で発表してきましたが、次回は発表しません。発表するとなると、年末年始はその準備に追われてしまいます。「追われない幸せ」を久しぶりに味わいたいとおもいます。
下記のような内容です。参加無料ですので、興味ある方は、アクセスしてみてください。
「第9回鍼灸医学史研究発表会ー出土資料再考ー」
毎年、1月には、新年発表会があります。北里の医史研と内経医学会の共催で、北里大学の会場とオンラインのハイブリッド開催です。
この発表会は、20数年皆勤で発表してきましたが、次回は発表しません。発表するとなると、年末年始はその準備に追われてしまいます。「追われない幸せ」を久しぶりに味わいたいとおもいます。
下記のような内容です。参加無料ですので、興味ある方は、アクセスしてみてください。
「第9回鍼灸医学史研究発表会ー出土資料再考ー」
今日おこなわれたクイーンズ駅伝は、故郷の松島がスタートして、国道45号線を仙台方面に走っています。観光かき入れ時の日曜日に、車両を止めて、駅伝が行われたんですねえ。
美保神社へのバスもそうでしたが、「かき入れ時」というのは、もはや死語なのかもしれません。
自分の目でみる風景と、テレビの画像でみる風景は、違うものですが、おおむねテレビの画像の方が良くて、美しくみえ、華やかにみえます。何割か増しに見えているようです。
そうすると、テレビの中の人物も、何割か増しに見えているんですね。映像、おそろしや。
日曜日の夕方は、娘家族がきます。孫は小さいから、テレビはまだ見せない方針なので、テレビにはカバーしています。11月24日(日)は、娘家族は婿さんの実家に行ったので、静かな夕方となり、大相撲中継をみることができました。いつもは、スマホで「今日の結果の動画」を見ています。
仕切りがあったり、観客の声援があったり、解説があったり、懸賞金は何本か、など取り組み以外にも、みどころいっぱい。やはり、テレビの中継はいいものです。
というわけで、幸せなひとときでした。
会場に行けば、館内のざわめき、取り組み前の回しを叩く音、ぶつかるときのゴン、張り手のビタビタなど、さまざまな音声があって、テレビとはひと味もちがう(といわれています)。こちらも、一段と幸せなのでしょう。
島根県の美保神社に行くには、一畑バスを利用する。
時刻表によれば、1日20便あるが、土日祝は、朝・夕・夜の時間帯の9便は運休だという。
昔なら、土日祝は、観光で稼ぎ時なのですが、働き方改革がこんな所にも及んでいるのか、運転手が足りないのか。
バス輸送が手薄になれば、送り込まれる観光客が少なり、観光地はいよいよ苦しくなる。
外国人は来ていなかったから、外国人をターゲットにするのがよいのかも・・・
広島大学の講義の帰りに、島根県に立ち寄り、美保神社を詣でました。西の出雲大社、東の美保神社といわれる名社です。
松江駅から、バスを乗り継いで、約1時間半(往復3時間)。現地滞在約1時間。合計で4時間のお参りでした。
ネットで検索すれば、画像も、説明文もあるが、実際に行くのとは、雲泥の差がある。
まず山から下りてくる空気の流れは迫力あり。
青の敷石が珍しい(福井の三国からもってきたらしい)。
拝殿は柱だけで壁がない。
社殿の屋根は流麗、複雑。
他の神社とは、なにもかにも違う。とても遠いところに破格の神社あり。
下世話な話だが、奉納一覧によれば、横綱格で「金一封」、大関格で3000万円。これまた桁違い。
今日、鍼の業者さんから手紙が来て、鍼の販売を止めるとのこと。灸頭鍼用のディスポ鍼が入手できなくなるのです。次の2案を考えています。
1:他の業者を探す
2:消毒して使う
結果として、2:の方針で行くことにし、繰り返し使えるような良い鍼を、別の業者に注文することにしました。
開業したころと同じになるので、特別な違和感はないのです。
もぐさといい、鍼といい、いつまでも安定的に供給されるわけではない。身を以て知りました。
母方の実家は、海苔と牡蠣の養殖漁業家。なので、はねだしの海苔が、我が家にたくさん届きます。まっくろで、厚みのある、いいやつ。食べ放題でした。
昔は、海苔は焼くものでしたが、いまは焼き海苔として売っているので、焼かなくても良いのです。頑固なお寿司やさんは、いまでも海苔を焼いているようです。一枚ならまだしも、何枚も焼いたら、手が真っ赤になるでしょう。魚は冷たい、海苔は熱い。
ぼくが幼児のころは、天日干しでしたが(お遊びながら手伝ったことがあります)、その後ボイラーで乾燥するようになり、大量生産の時代にはいりました。
しかし、高齢化もあり、津波もあり、実家も、集落全体も、海苔養殖を止めました。まあ、住人もいないし。60年間くらいで、天と地を見た思いです。