鎌倉のお墓参りのついでに、建長寺、円覚寺に立ち寄ったときに、売店に、吉田正道住職の『無限の清風』を買った。住職のことも知らないし、ほんのこともしらないのだが、折角だからと買ったもの。
しかし、読んでみると勉強になり、利益がありそうな本は利益がありそうだが、何となくかったものでも利益になるのだから、はじめに「利益ありそう」などと分けることは、自分の世界をどんどん狭くしているのだと気が付きました。
『無限の清風』に、師匠の実家、故郷をたずねる、というのは感動的です。
室町末期、中国の高僧の元に数多くの留学僧が海をわたって、臨済宗がいま在るのだが、別の坊さんの、高僧の寺跡をたずねるという文章(別の本)も、感動的でした。先輩たちは、この道を歩んだのか、この川の水を掬って飲んだのか、同じこの木を眺めたのか。なににも、かににも、心を寄せていた姿が、感動的でした。
丸山先生の墓参のあとに、昔住んでいたという廃屋をたずねていましたが、他の人からみると、感動的なシーンだったのです。『無限の清風』からいろいろ学びました。
0 件のコメント:
コメントを投稿