2023年1月27日金曜日

1月25日(水)

 

 24日夜は、強い風が吹き荒れ、朝起きて見たら、ドアのすき間から落ち葉が入り込んでいました。寒波と、風とで、とても寒い夜でした。

 25日、I先生の訃報が入りました。体力が弱まっているときは、引き潮だとか、寒波だとかは、強い影響があるのでしょう。影響力が大きな人を、また一人失いました。

 失った人をみてみると、調子に乗って飲酒している人が多いような気がします。影響力が大きい人は、くれぐれも控えてほしいとねがうばかりです。

2023年1月15日日曜日

姿勢と目線

 

 今朝の新聞に、バイデン氏(80)と岸田氏(65)が並んで歩いている写真が掲載されました。まえから、岸田氏が左右に触れて歩くのが気に成っていましたが、背筋がのびたバイデン氏とならぶと、明瞭です。年齢が逆ではないかとおもえるほど。

 岸田氏が姿勢をおろそかにしているのと、バイデン氏が姿勢を重んじているのと、はっきり違いがでました。人は見た目じゃないのですが、一国を預けるのだから、姿勢がよく、たくましく、病気が無いのが望ましい。

 水野南北の『南北相法』によれば、歩く目線は真っすぐ前、やや下がいいのだそう。これを「くろむ」といって吉相だそうです。上を向いたり、下を向いたりして歩くのは、よくない相だそうです。まるで、この写真のことを言っているみたいです。

 まあ、一瞬を切り取った写真だから、これだけで断定はできないのですが。

2023年1月8日日曜日

ボルゾイ(犬種)

 今日は、北里の研究発表会がありました。地下鉄の白金高輪駅でおりると、動物病院にボルゾイという種類の犬が入っていきました。埼玉県では見ることができない、希少の犬種です。

 おどろいたことに、ムラサキというか、ブルーというか、ピカピカの外車が何台も走っていました。イエローもありました。埼玉県ではみない色です。

 駅をおりて数分で、ずいぶん違う所にきたなあ、とお上りさんになってしまいました。お店もおしゃれだし。帰りは、北里通りでチーズケーキを買ってかえりましたが、その途中は、やはりおしゃれな店がたくさんありました。

 今日、「北里の医史研は3月末をもって閉鎖」と発表がありました。客員研究員になって、30年弱。みんなで協力して、いくつかの本を出しました。たいへんだと思ったことはないのですが、ふりかえると大変な山を登ったんだなあ、と懐かしい。

2023年1月3日火曜日

北里の客員研究員

  なぜか、古い名刺が出てきました。

 郵便番号が3桁ですから、だいぶ古いものですが、客員研究員にしてもらって、うれしくて作りました。1990年代初めころだと思います。故石田秀実先生、荒木ひろし先生などが、北里の客員研究員だったので、憧れていたのです。

 今は、名刺を持っていません。名刺を交換する所に行かないか、行っても相手からもらうだけです。会長をやめたので、隠居的というところでしょうか。

 


2022年12月31日土曜日

恬淡的お正月

  1月の第二日曜日は研究発表会で、おそらく20年以上、連続で発表してきました。そのために、お正月気分がなく、お正月の旅行もできない状況が続いていました。くら~い、年末年始だったのですが、次回の発表を免除されたので、すがすがしい年末年始を迎えています。ようするに会長の義務だったのです。会長を退いたので、解放されたのです。いいことづくめです。

 恬淡虚無の恬淡は、心静かという意味ですが、僕の場合、役職をしりぞいた結果として(一時的に)恬淡となりました。

 ちなみに、恬淡は、物静か・大人しいと同義ではありません。虚無と連動するように、心の中が空っぽの結果としての恬淡なのです。何かを考え、感情をおさえながら、あるは目立たないようにと、大人しいのでは、恬淡といわないのです。

 家には17段の階段があります。1日3往復したとすれば、1年で1000回往復します。建ってから20年以上も経過していますから、2万回以上も往復しています。目を開けて往復する分には恬淡ですが、目をつむると不安が出てきて、不恬淡になりますから、恬淡を維持するのは、そうとう大変なことのようです。

2022年12月19日月曜日

不語似無憂

 大燈国師(京都大徳寺の開山、宗峰妙超)の詩。

「千峯雨霽露光冷」(千峰、雨霽(は)れて、露光冷(すさ)まじ)

「見渡す限りの山々の草木に、雨上がりの露が光り輝いている」


 これに対する白隠禅師の下語(あぎょ・短評)

「君看双眼色、不語似無憂」(君、看よ双眼の色、不語は無憂に似たり)

「その目を見てごらんなさい。何も言わなければ憂いなど無いようにみえるだろう」


 右の掛け軸はその下の句の「不語似無憂」と書いてあるようです。良寛が愛した句で碑にもなっていて、その拓本を購入したので、軸装してみました。


 通常の解釈がなんともしっくりしないので、『老子』的に解釈してみました。


 私の両眼は、雨後の山々のように、澄んでいるだろう。

 私が何も語らないのは、雨後の山々が無憂(無心)なのと同じである。

 (過去のいろいろなことは、雨に流されてしまったさ。)

 

 大燈国師は禅僧。京都で乞食同然の生活をしていたが、花園天皇の帰依をうけて、大徳寺の開山となった。



2022年12月15日木曜日

至道無難禅師法語・道歌 提唱

  

 至道無難禅師とは、江戸時代の臨済宗の僧侶。白隠禅師の法祖父にあたるという。これを辻双明老師(1903~1991)が解説したものが、テープに記録されており、起稿し、ワープロ印字して、本の体裁にしたもの。外字はなんと手書き。老師には、いくつか著書があるようだが、検索しても、この本は出てこない。

 老師の死後にテープから起稿したようで、それでも難解な用語を間違わずに起こしています。起稿者の熱心さがにじみ出てきます。たいした体裁ではないのですが、いいほんです。体裁がいいのは、編集者がやるので、上手さが出るだけなのです。

 奥付がないので、出版に関する情報はほとんどなし。おそらく、製本して、聴講者や、縁のある人に頒布したのだと思います。全何巻かわからないけど、3巻分だけあるのです。