ちくま新書を、読んでいます。
【45ページ】
儒教とは、人間の、あるいは共同体の持つ道徳的エネルギーを最高度に充溢させるときに生じる、一種異常な精神的高揚感を原点として構築された全宇宙の壮大な大系である。この恍惚とするような宇宙的道徳性を儒教思想家たちは、「仁」だとか「義」だとか「中庸」「良知」などさまざまな概念で説明するが、そのいずれもが道徳エネルギーの絶対的かつ動的な均衡点を指している、という点においては同断なのだ。
ここのところを理解しないと、儒教は全くわからない。
【46ページ】
君子や士大夫は、自らの心を、この天のエネルギー活性化と完全にシンクロナイズさせられなくてはならない。それができた瞬間が、宇宙快感の成就のときである。
「道徳エネルギー」という見方がないので、私たちは、古典を読んも、知恵が付くだけで、影響力にならないのでした。
儒教の経典をよむことが、天(の理)と一体になり、その一体から、宇宙大のエネルギーが生まれるというのです。
『素問』上古天真論における「道と一体になる」、四気調神大論の「天と一体になる」というのは、一体になるのがゴールでは無くて、そこからエネルギーが生まれ、それが治療に大いに役立つというのではないか?(ここは読めてなかった。もう一回読み直し。)
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